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2006年5月27日 (土)

福田健二を覚えていますか?

Aoaka_009FC東京 9 福田健二 FW

普段、スタジアムでユニフォームやユニフォーム風Tシャツを着ることはない。たいした理由はなくて、普段着に青赤マフラーをキュッと巻くのが好きだからです。でも、たった一度だけ着たことがある。
2002年8月。アウェー日立台での柏戦。暑かったなあ。キックオフ前に、いきなりプロコンに袖を通し始めた私を見て、兄が驚いた。
「ふ、ふくだぁ~?マジですかっ?」
なぜあの日、そんな気分になったのかはよく覚えていない(大体、何で福田選手のプロコンを買ったのだろう?)けれど、多分、あまりにも不振続きでだんだん東京ファンのネタ化されつつあった福田選手を、応援したかったのかもしれない。何しろ、鳴り物入りで東京に移籍してきたにもかかわらず、東京での福田はまったくゴールが決められなかったからね。
♪ふ、ふ、ふっくだ~ ゴールゴールゴールゴール・・・♪っていうチャントは、応援というより、みんなで詰め寄っているようだった。
その試合では確か、福田選手はサブで出なかったと思う。アマラオがハットトリック決めてゴール裏は大盛り上がりだった。そうそう、柏のエジミウソンが初めて出たんじゃないかな?東京のオフィシャルサイトがとんでて、今確認できないんだけど。
その秋のアウェー磐田戦でタカハラに4点も入れられて、6-1でボロ負けした試合の、その東京の1点。そしてホーム浦和戦での、Vゴール。このときはニースにロケ撮影に行っていたので、伝説の溝ダイブはあとでテレビで鑑賞することとなった。その二つの思い出をくれて、福田選手は仙台を経て、パラグアイへ。そしてメキシコ、今はスペイン2部リーグだったかな。
福田選手はサッカーを楽しんでいるように見えなかった。ゴールできないFWの焦り、悲壮感で、いつも何かにとりつかれたように必死な姿しか覚えていない・・・。
去年の9月のナンバーでちょっとショックな記事が出た。「遺書」と題されたその記事の中には、福田選手の幼少のころの話が書かれているんだけど、彼が小学校にいっている間に、母親が自殺してしまうんです。
その遺書が「好きなサッカーで、世界に胸を張れる選手になってください。」。
それを読んで、私は、福田選手がサッカーを楽しんでやれるといいな、って思いました。お母さんが望んでいたのは、代表選手になるとか、スター選手になるとか、そういうことよりも福ちゃんが元気でサッカーやっていることなんじゃないかっていう気がしたんです。そのナンバーの写真の福田選手は、すっきりした明るい表情で笑っていて、ああ、福ちゃん、良かったね、ってホッとしちゃった。まぁ、実際はプロの選手だし、甘かないだろうけれど。

今日、会社でグッタリして、半分死にかけているときに、ふと福田選手のことを思い出したんだよね。何でだろ?すっかり忘れている人が、時々、突然こうやって意識の中に登場することがあるけれど、それはそれで楽しいことだったりします。

あ。写真のサイズ大きくするのと、行変え覚えたぞー。人は、日々進化する。

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